阿南惟幾 (3)

(承前)

「阿南惟幾大将を陸軍大臣として頂きたい」

海軍出身の老宰相が真っ先に陸軍へ仁義を切りにきたことを、陸軍幹部たちは概ね好印象を持って受け入れた。そして、別室に控えていた阿南が鈴木と対面する。

鈴木貫太郎は、日清・日露戦争で武名を轟かせ、海軍軍令部長(後の軍令部総長)にまで登りつめた後、1929年(昭和4年)に予備役編入となった。この際、元老山県有朋の強い推薦と、天皇ご自身のご意向もあり侍従長に就任した。
そして、その半年後、阿南惟幾陸軍中佐が侍従武官として宮城に入り、2人は同じ釜の飯を食べることになるのである。

宮中にあった間、2人は互いに深い尊敬を抱きあう関係になった。阿南中佐は鈴木侍従長の老躯に肝の太さを見抜き「並の提督ではない。大提督だ」と周囲に語り、鈴木もまた阿南の生真面目な性格、陛下に対する忠誠ぶりを目にして、「近頃は陸軍にも立派な方がいる」と家族に語っていたとされる。2人が一致していたのは、「軍人ハ政治ニ関ハラズ」という軍人勅諭の教えに忠実であることであった。

軍人勅諭に忠実であった筈の鈴木大将が、陛下直々に「頼む」と言われて総理大臣に就任した。鈴木は何を頼まれたというのか。
そして、その鈴木が、自分に陸軍大臣になってくれと言ってきた。陛下の意を体した鈴木内閣に、自分は何のために入閣するというのか。

この日、2人の間で交わされた言葉について、記録された資料は残っていない。

(つづく)


天皇と侍従長
天皇と侍従長
posted with amazlet on 06.09.26
岸田 英夫
朝日新聞社 (1986/03)

2006年09月26日 12:45
カテゴリー: Think, Think, Think

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

コメント: 阿南惟幾 (3)

コメントしてください




保存しますか?




(C)Copyrights 1997-2008 Nobutaka Mizuno, All Rights Reserved. すべての文書、写真、動画、ロゴ、構成は水野信隆によるものです。(Except where indicated.)  Any comments and opinions expressed in this site are not necessarily those of the
company(ies) and organisation(s) that the Webmaster participates in.

ページの先頭へRSSフィードお問い合わせ

<特許取得の可搬型洗髪器>訪問美容、出張美容、福祉美容の楽シャン君。詳細はakirey.com(アキレイ・ドットコム)で!訪問美容、出張美容、福祉美容の楽シャン君。
Sponsors

Search