第5話:地下鉄で行こう!

「かっこいいミュージシャンでも、ボール投げさせると急に女投げになっちゃう人とかいるじゃないですか?そういうの見ると、なんかちょっと違うかなって思いますね。」

會田茂一(ミュージシャン)


ある日、サークルの部室でぼんやりしていると、先輩に声をかけられた。
「水野クンはお坊っちゃんだから、アルバイトなんてしないわよねえ?」
そんなことはない。僕はその話に飛びついた。

この姐御に誘われてから2週間後、僕はアルバイトを始めることになった。そのアルバイト先は、広島に本社をもつ会社の東京支社で、OBがお勤めなのだということだった。それで、サークルにアルバイトが任されているらしい。

四ツ谷から、会社までは地下鉄で行く。第三軌条式独特の音を耳にしているうち、銀座に着いた。昭和通りにあるビルに入り、恐る恐るエレベータに乗る。5階に着くと、ごくありきたりなオフィスがそこにはあった。直接の雇い主であるY氏にお会いする。
Y氏は文学部新聞学科の出身で、僕がフランス語学科だと言うと、急に顔をしかめて、
「一番キライな科目じゃっ。」
と吐き捨てるように言った。後に分かったことだが、Y氏は学生時代にフランス語の単位を落としたことがあるらしい。

この会社で働いていて可笑しいのは、社員が皆広島弁をつかうことである。Y氏をはじめ、20代の若手社員でも自分のことを「ワシ」と言う。また、上司と部下の距離がきわめて近いように感じられるのもこの会社の特色かも知れない。ふつうなら、上司のことをアニキなどと気安くは呼べないだろう。
ともあれ、この会社の雰囲気に僕がすっかり安心を覚えたことは間違いない。幸い、アルバイトの仕事もつらいものではなかった。このバイトのことについては、別の機会に触れることもあるだろう。

後日、フランス語の翻訳の宿題で、シラノ・ド=ベルジュラックの科白を訳すというものがあった。僕が一人称に「ワシ」という訳語をつかったところ、教授がこれを授業で取り上げ、
「今時自分のことをワシなんて言うひとはいないよぉ、水野クン。」
と笑われてしまった。教室には失笑が漏れていた。

白髪の教授の、無邪気なまでの笑顔を前に、僕はムキになって反論する気にもならず、ただ苦笑するばかりだった。