第3話:優しい木曜日

「若かったらそれだけで文句を言う人は多い。それはかなりきつい事だと思うよ。」

ミカ・ハッキネン(フィンランド人)


とりあえずはバイトが続けられて嬉しい僕ではあったが、ふと我に返ってみると、背負わされた責任の大きさに青ざめる思いがした。バイト歴4ヶ月にも満たないこの僕が、成り行きとはいえチーフに担ぎ出されてしまったのだ。自分を落ち着かせるためにも、僕はあれこれと考えてみることにした。
仕事を着実にこなすというのは当然のこととして、Kさんはこの夏には留学してしまうから、その穴を埋める人材が必要だ。そうでなくとも、世代交代を迅速に行わなければ今回と同じような混乱が起きてしまいかねないだろう……
そんなことを思いつつも、まずは目の前の現実を見据えねばなるばい。僕は平静を装いつつアルバイトに臨んでいった。

ところで、Kさんが交代勤務を引き受けてくれたとはいえ、僕には別の不安があった。僕は女性と接するのがひどく下手なのだ。Kさんとは3月のミーティングで一度会ったきりだし、果たしてどうなることやらと思っていたが、一度勤務に行ってみるとすべては杞憂に終わった。
Kさんは学科こそ違えど同じ外国語学部だったし、Nさん以外にも共通の知人がいることが分かって会話が弾むようになった。僕はいつでも、きっかけさえつかめばうち解けるのが早かった。

Kさんは交換留学の選考に合格し、この夏からアメリカに行くという。僕もいつか留学したいんですよ、と言うと、
「留学したいんなら、早くした方がいいよ。私みたいに4年になってからじゃ色々大変だから。」
アドバイスをくれたものだった。上智大学の交換留学のシステムでは、単位換算が認められても最終学年を客地で終えることは出来ない。つまり、4年生で留学すると、自動的に留年が確定してしまうということだった。
さて、僕はこの夏にフランス一周旅行をしようと思っていた。小学校から習ってきたフランス語がどこまで通じるものなのか、試してみるつもりでいた。そんなことを話すとKさんは、
「へぇ、フランスかー。私も行ってみたいなぁ、南仏とか。」
折しも『南仏プロヴァンスの12ヶ月』が話題になっていた。
「でもね、うちの親は反対するんですよ。」
「どうして?」
「自分の息子を一人旅になんて出したくないんですよ。」
「へえ。水野クンって、家族から大事にされてるんだねぇ。」
このKさんの反応に、僕は心底驚いた。人前でこういう話をすれば、我が家の過保護を嘲笑されるのが落ちだったからだ。

日頃、学科では美人面はしていてもひたすら足の引っ張り合いに明け暮れているバカ女ばかりを目にしてきた僕にとって、Kさんの振る舞いは何と大人なんだろうと驚嘆せずにいられなかった。