第2話:友人のふり

「金持ちを貧乏にしても、貧乏人は金持ちになりません。」

マーガレット・サッチャー(イギリス人)


大学卒業を翌年に控えた秋頃の話。高校時代の同級生Sが、卒論で困っているので助けて欲しいと言ってきた。
彼とは大学こそ違えど同じ学部だったので相談に乗ったところ、卒論が上手く書けないというので、僕が文書の骨格を考え、それらしく仕立ててあげた。僕自身の卒論の仕度もあったから、そんなに暇でもなかったのだが、昔からの友達だからやるだけのことはやった。Sはいたく感謝して、こちらから礼を求めているわけでもないのに、百貨店の商品券を握らせるのであった。まあ、彼なりの礼の仕方なのだろうとその時は思っていた。

卒論の話をしている時、いきおい就職先の話になった。Sはしきりに「水野はいいなぁ。一流企業に内定が貰えて。羨ましいよ。」と言っていた。人が羨むような会社なのかどうか、入社してない段階では判断がつきかねたが、世に言う大きな会社というのはそういう評価を受けるものなのかも知れない。

数ヵ月後、高校時代の別の友達に会った。すると、その友人はこの前Sに会ったと言い、その時Sが

「水野なんて、あんな奴が大企業に入ったって絶対に成功する筈が無い!」

などと、この僕のことをクソミソにこき下ろしていたのだと教えてくれた。

その友人はSの勢いに圧倒されてしまったそうだが、僕は僕で、一体何なんだろうと思ってしまった。Sの卒論を手伝ったのは、恩を売りたいのでも知識をひけらかしたかったのでもない。只の好意をそんな風に踏みにじっていたのか、という悔しさよりはむしろ、身近なところにも色んな人間がいて、身近なところでも自分は後ろ指をさされているんだなぁ、という現実を実感させられる思いであった。

Sがどういう思いで僕という人間と付き合ってきたのか、僕には測りかねるが、社会に出たら、そういう連中とも、好むと好まざるとにかかわらず一緒に暮らしてゆかねばならないんだなぁ、ということを、あの時の僕はただ繰り返し思っていた。

ところで、Sは僕が成功しないと言い切っていたけれど、確かにいま勤めている会社で僕はさしたる成功を収めてはいないだろう。それでも、上司や同僚に励まされて何とか働いている。一方で、S自身が自分の勤務先でどれ程の成功を収め得ているのかについては限りなく興味がある。