「劣化ウランと沖縄」1997.2.23

先日、沖縄で米軍が劣化ウランを積んだ模擬弾を誤射していたことが発覚したが、劣化ウランとはそんなに騒がれるものなのだろうか。

あまり知られていないことだが、ジャンボ機には劣化ウランが搭載されている。垂直尾翼のあたりに、重量配分を保つためのバラストとして積み込まれているのである。筆者の知る限りではB747だけだが、ひょっとしたら他の機種にも積まれているのかもしれない。
昭和60年(1985年)の日航ジャンボ機墜落の際には、この劣化ウランの飛散が一部で問題にされた。つけ加えればこの日航機には医療用ラジオアイソトープも荷物として積載されていた。

日本の空には毎日どこかにウランなりアイソトープがあって、きょうもまた劣化ウランが那覇空港を離着陸していることになるが、このことはあまり問題にされていない。それは、マスコミが報道しようとしないからであり、国民が皆、彼らが報道することが事実の全てだと思いこんでいるからである。

沖縄が絡むと何でも記事になるし、それを読んだ人たちは皆「けしからん」と怒ってみたりするが、すぐそこに北京があり、台北があり、平壌があるところで行われている軍事演習の実態が公表されるなどと期待する方がどうかしているのではないか?
冷戦が終わった、世界は平和だ、などと吹聴している人々の言うことを信用する前に、中国(共産党政府)の空母建造計画から目を背けるべきではないし、北朝鮮が原爆を5個保有しているというウワサ話を聞き流すべきではない。

沖縄県民には、戦後の極東の平和を守ってきたという誇りと自覚があっていい。かつて沖縄で日の丸が焼き払われる事件が起きたが、そんなに日本国が嫌いなら今日にでも独立すればよい。
以前産経新聞の「産経抄」が、いわゆる「戦後民主主義」について「自分は国家の社会福祉や教育機関や公共施設の恩恵を享受しておきながら常に個人と国家を対立させ、国が人間を抑圧する暴力装置のようにみなし、反国家・反体制のポーズをとる」ことだと喝破し、大いに共感したことを思い出す。

平和と水は、タダではないのだ。